研究部長挨拶

研究部長 橋本 正裕
成城学園初等学校

「子どもが“世界”をつくるとき」

このたび,杉坂委員長のもと第35期研究部長を拝命いたしました,成城学園初等学校の橋本正裕と申します。造形教育センターの皆さま,関係する先生方,そしてこれまでバトンをつないでくださった先達に心より御礼申し上げます。

今期の研究主題は「子どもが“世界”をつくるとき」です。子どもが材料や道具,仲間や環境と出会い,感じ取り,迷い,試し,つくり直しながら,自分なりの“世界”をつくりあげていきます。子どもに備わったその力やプロセスを,私たちは造形教育のまなざしで丁寧に見つめ直したいと考えています。

図1
図2

造形教育センターは,創設以来およそ七十年にわたり,時代の変化のただ中で「つくることの意味」を問い続けてきました。子どもの表現を守り育てる運動として,学校内外の文化や社会と接続する実践の広がり,そして近年のデジタル環境や多様性への応答。どの時代にも共通するのは,子どもの身体性,感覚と思考に根ざした学びを信じる姿勢だったと感じています。私たちが受け継ぐべきものは,完成された答えではなく,問いを更新し続け,自分自身で答えを見つけ,意味を見出す態度そのものです。

近年の研究の流れを振り返っても,33期の「社会とつながる子どものデザイン」が照らした社会と教育のあいだの課題,34期の「モノとぶつかる価値」が再発見した身体性や素材との出会いの力は,いずれも「世界をつくる子ども」という視点に収斂していきます。少しさかのぼり39年前,私の生まれた昭和61年のセンターニュースを振り返ってみると研究部長の橋本光明先生がこのように語っています(苗字が一緒なことに運命的な何かを感じてしまいます)。「『図画工作・美術及び工芸の指導が,児童・生徒にどのような効用をもたらしていますか。』という質問をされたら,センターの会員の皆様はどのような答え方をされるでしょう。」(図1,2)。この問いから様々な回答がでてくることでしょう。しかし,この本質的な問いへ明確に回答することのできない私がいます。35期は,昨今の知見を基に,幼児期の表現,小学校図工,中学校美術,高等学校以降の芸術へと連なる学びの中で,子どもがいかに世界を感知し,構想し,他者と分かち合いながら更新していくのかを,我々実践者と子どもとの接点である授業や実践記録と対話を通して明らかにしていきたいと思います。

図3

ということで,ほんの少しですが心に残っている授業の場面を紹介したいと思います。この写真は「ゆめのいえ」という題材の小学校3年生の作品です(図3)。「家の中を覗いたら光がきれいに見えたから,プラネタリウムの家にしたよ」と児童は語ってくれました。続いて「どう,はっしー(橋本)きれいじゃない?」と問いかけられました。確かにとてもきれいでした。私は共感することで,その児童の感覚に寄り添い,感覚や感性を教師として評価できるなと思いました。しかし,少しひねくれた先生である私は簡単には共感しませんでした。「ん~はっしー1人の意見だと本当にそうかわからないから,みんなにも見てもらおう」と意見を保留し,みんなの反応を待ちました。すると,「すごいきれい!」「どうなってるの?!」「見せて見せて!」と子ども達のリアルな反応が返ってきました。作者の児童はにんまりし,最初に私に見せた顔よりもとてもほこらしげな顔を見せ,また制作活動に戻っていきました。さて,ここで着目したいのは子どもがどのように“世界”を眺めていたかということです。子どもの声にもある「光」は最初から“世界”に存在していました。しかし,当たり前すぎて気にも留められていませんでした。それが,家の造形を通して光の「存在」や「きれいさ」に気付くことができました。ここで児童は,日常的な光がある見方をするとすごいきれいに見える“世界”に気付いたのです。児童は次のステップとして,教師へ投げかけることで「きれいと感じた自分の感覚・感性の確かさ」を確かめたかったのではないかと思います。そして,私がここで「きれいだね」と評価することでも,十分児童の感覚や感性が育めたと思います。しかし,友達同士の生の反応を通すことで,児童のより深い部分で感覚や感性がより確かなモノとなったのです。このように,外的な“世界”の見え方の変容と内的な“世界”がつくられていく「子どもの“世界”をつくる力」が,豊かな生活や人とのつながりの基盤であると感じ研究テーマにさせていただきました。

今はまだ小さな存在の子ども達ですが,やがて未来の“世界”をつくることは間違いありません。そのとき,豊かな感性やみんなのよさを常に考えられる内的な“世界”の持ち主たちで溢れていくことを願い,さきにあげたように造形が支えていると信じています。現代の子どもたちは,情報と選択肢の豊かさの一方で,世界の手触りを実感しにくい環境に置かれています。造形教育にしかできないことは,目の前の素材に触れ,身体で確かめ,他者と応答し合いながら「自分の世界」を立ち上げるための時間と空間です。AIやデジタルを含む現代の環境を視野に入れつつも,子どもの感覚と判断が主役となる学びをどう保障するかを,学校種や地域,文化施設や大学との連携も含めて探究していきたいと考えています。

「ともに考え,ともにつくる」文化の中で,皆さまの実践と知恵が交差する場を丁寧に編み直したいと思います。子どもが“世界”をつくるとき,私たち教師もまた教育の世界をつくり直しています。次の時代へ向けて,造形教育の可能性を皆さまと共に拓いていけることを,心から楽しみにしております。