11月月例研究会

◆平成22年11月13日(土) 午後3時~5時 
◆東京学芸大学附属竹早小学校

 

講師:女子美大学教授 橋本公安氏
講師経歴:
1953年生まれ
東京芸術大学日本画専攻卒業
現在 女子美大学教授
大学院美術研究科長
日展評議員
プロフィール:日本画の制作とともに岩絵の具の色彩の研究からはじまり、20年ほど前から、岩石・鉱物などいから岩絵の具をつくる方法を独自に考察し、制 作のほぼ全過程を自作の岩絵の具で制作。また、女子美大学でも、素材と環境に対する考察を全学的に進め、教育研究を進めている。
著作:実験と顕微鏡で再発見~絵画材料の小宇宙 生活の友社
開発:「石の絵の具キット」開発監修 東京サイエンス
教育用岩絵具「エコ岩絵の具21」
ホームページ「日本画材料資料集」を開設

1 ワークショップの内容紹介
 本日はお招きいただきましてありがとうございます。
ここに女子美のパンフレットがあり、なかには今日のワークショップと同じ内容のキットもあるので持って帰ってください。今日は、石ころや土、砂などから絵 の具をつくることや簡易な顕微鏡で絵の具・紙を覗いてみること,また三椏の枝からつくる樹皮紙などを体験していただこうと思います。
 まず,三椏の枝を煮込む準備をしておきます。三椏の枝を煮込む作業には、ティファールの釜がすぐに湯気が出て便利です。30分ぐらいで皮がむけるように なります。こうして紙のための準備をしておき、ちょっと離れて石や土を篩にかけた後,扱える絵の具にするまで細かくすること,煮込んだ三椏の繊維で紙をつ くる作業,できた絵の具を簡単な顕微鏡で見るお話しなどをしたいと思います。

2 石や砂などから絵の具をつくる
 これらが,いろいろな土や石,砂などをふるい分ける道具です。プラスティック網の粗いものと細かいもの、ナイロンメッシュ(150マイクロ、37マイク ロなど)、手軽な蓋付きの入れ物のふたと底をくりぬいたもので簡単にできます。今ではインターネットで手に入れられます。理科の実験用の篩などは何万円も するところです。これらの道具だけで,150マイクロのメッシュを通ったものとそうでないものを分けることができます。次に、このメッシュなどを使うと、 37マイクロぐらい,ちょうど筆で扱いやすい粒子にすることができます。粘土や砂などは3マイクロから37マイクロぐらいの幅のものを言い、それより細か いものが粘土ということになるのですが。今できたものは、37マイクロぐらいです。もし篩がないと沈殿時間を利用することになるのですが、篩があれば分離 を助けることができます。ちょうどこれが日本画なら、11番ぐらいの岩絵の具になっているはずです。1マイクロから、さらに分けるには比較的きれいに分け やすいものです。これ以上細かく分けるとすれば,大学などでは超音波洗浄器のようなものでやっています。
これは小石ですが,ビニール袋に入れた金床に小石を乗せ、そこにハンマーをあて、もうひとつのハンマーで打ちます。ビニール袋の中で砕くので細かいもので も飛び散らず安全です。さらにこれを乳鉢にいれて砕きます。しかし,もっと簡単に絵の具が作れないかと思って考えたのが、これから紹介するものです。タイ ル(10cm角)の上で糊に研磨剤(アルミナ)が入っているものを混ぜながらすり、30マイクロぐらいにする方法です。お配りしたキットと同じ方法です。
濾した土や砕いた石砂をアラビックのりにアルミナ(600番)を混ぜたペースト糊といっしょに,タイルの上で擦ります。小さなタイル(1cm角)を(すり 棒の代わりに)持ってすり合わせます。
タイルの上でだんだん細かいものになると音がかわってきます。サンプルがありますが,孔雀石などの石、松ボックリや木の皮などでもこのように使える絵の具 になります。本来,絵の具というものは,なんでも身の回りにあるものを小さくしていくというところが起源です。たとえば、ブータンの経をかくプロセスには 考えさせられるものがあります。自分たちで文化を伝承することからその筆記する絵の具を作るというプロセスには必要性があったということです。タイルの上 で擦るときにアラビックのりの薄いものを混ぜていますが、これは学童用の安価な絵の具でもやられていることです。この段階で,十分に筆で扱える粒子の大き さになっています。

3 三椏の枝から紙をつくる
 では、先に準備しておいた三椏のほうに移りましょう。この三椏はディスプレイー用で,花屋さんで売られている三椏です。30分ほど蒸していましたが温か いうちに剥いたほうがよいでしょう。三椏というのは植えておけば、3年ぐらいですぐ大きくなる植物です。桑でもできますが,三椏はあまり大きくならない、 花が楽しめるという利点があります。また三椏は,お札にも混じっていたりして,わたしたちの生活文化にも身近な材料といえるでしょう。こうして蒸した三椏 の黒皮をとって、肉たたきで叩いていきます。叩いてほぐれた枝の繊維を垂直に交差させて重ね,さらに上から叩いてやります。この過程を漉きでやろうとすれ ば,化成ソーダを使うなどの一日仕事になるところですが,これならすぐできてしまいます。今度は,三椏の黒皮ごとハサミで細かくし、牛乳パックの破片と一 緒にミキサーで粉砕するものもつくってみましょう。粉砕したペーストの中に合成樹脂を入れ、木の繊維がその間に泳ぐようにします。こうすると繊維がすぐ沈 まず,ゆっくり絡んでくれます。ザルの上に不織布を敷いた所にこれを流して濾します。ただがザルだと思うけれど、本来こうものの底に膜をはったものに気づ いたというのが紙の起源ですから、ザルのような生活用品もばかにはできないといったところでしょうか。できあがりは,ここにある紙のサンプルを見てくださ い。
4 生活と科学を見つめる目を養う取り組みとツールの紹介
 次に,絵の具を通して、生活と科学を見つめる目を養う取り組みを紹介します。例えば炭酸カルシューム,日本画で言えば胡粉ですが、油絵の具では透明に発 色します。ここに持参した冊子は,高校生の探求活動をまとめたもので,「筆記具」について調べたものです。高校生が身近なものに非常に興味をもって取り組 んでいることがわかります。一方,この顕微鏡は絵の具を拡大して見るためのもので,30マイクロという目に見えない世界を見ることができます。目に見えな い世界を見えるようにすることで、これまでと違った世界観や感じ方が広がります。ここ(木箱)にあるのが「岩絵の具、油絵の具、クレヨン」など,顕微鏡で 見るための自作のサンプルです。この顕微鏡カメラは安価なカメラですが,30倍から50倍まで拡大できます。6000円ぐらいで買えてパソコンに取り込む ソフトも付いています。保存もできるのでサンプルデータとして違ったところで閲覧することもできます。是非ご自分で興味をもったコーナーで,それぞれ実際 に体験してみてください。

 このあと、聴講者たちは、関心をもったコーナーで絵の具 づくりや紙づくりを楽しむことができました。橋本先生にご紹介いただいた体験のための道具は,ほとんど誰もが入手可能な日用品を組み合わせたもので,学校 教育でもすぐ取り組める可能性が高いことが特徴です。また,橋本先生の穏やかな語りに感じたのは,人々が育んできた文化の根底には身の回りの自然を科学的 に見つめる目があったはずだという原点への眼差しでした。「美術教育は,他教科とは違った視点から文化的な生活を味わい直す美的で科学的な目を培う機会と なりうる」という橋本先生の投げかけに,参加者一同,造形教育の確かな可能性を間近に実感することができたワークショップでした。