◆4月月例研究会


・日時 平成25年4月20日(土) 14:00~17:00 
・会場 東洋大学白山校舎 6203教室
・内容 

 1 講演 「被災地におけるものづくりと心のケア ~手芸工房による支援活動」


        講師:吉田律子氏  NPO法人「サンガ岩手」理事長 

真宗大谷派僧侶でもある吉田氏は,震災後すぐに大槌町に入り,寄り添いや傾聴ボランティアなどの被災地支援活動をはじめました。家族を大勢亡くしながら助かったお年寄りから「生き残った意味」を聞かれ,答えに詰まってしまう経験もされたとのことです。
同市は人口約12000人の町で,津波で町長をはじめ役所の1/3の方々も流され,支援が遅れていました。被災者の思考停止状態,一瞬にして大切な家族や地位や財産を失った喪失感で,3・11から取り残されている状態の人もいる現地の状況が報告されました。震災後フランクルの「夜と霧」が売れているのは,極限状態のナチス収容所に,被災地の状況が似ているからではないかとのご意見です。
孫を2人連れて逃げたある年配の女性が,1人の孫の手を離してしまったがゆえに亡くなってしまったことから「死んでお詫びをしたい」との自責の念に苦しみ,死に場所を求めるエピソードなど,生きることの苦しみ,葛藤や絶望,その中にあっても,「現実を引き受けることの大切さ」の切実なお話がありました。
被災者の生活自立支援として,岩手県大槌町と釜石市に8ヶ所の手芸工房を運営し,2012年7月,大槌町に『手づくり工房カフェ:サンガ岩手』を開設しました。(「サンガ」とは,サンスクリット語で「会議」や「人が集まる」の意)
「絶望の中にも光はある」と,手芸活動を通して「作ることのすばらしさ」「作り上げたときの感動」「飾って観てもらえる喜び」「必要とされる喜び」「喜んでもらえる感動」を共有しながら,命に輝きを与える活動を続けています。
生きながらえた90歳の老人が,家族を大勢失い死に場所を求めていたにもかかわらず,刺し子に出会い,一針一針が亡くした家族への追悼の思いであり,自身が生きている証にもつながり,縫い物を通した癒しの効果を,貴重な作品とともに紹介いただきました。
「生きながらえて自由な時間を与えてもらったので,誰かのために何かを作る」という前向きな思いに変わってきたことに「アートの力」や「時間と場所を他者と共有することの大切さ」を強調されました。久しぶりに木に触れた元船大工の方が,木工作業で生き生きとよみがえった例もあり,造形の力で「つながり」「広がり」「実感し」「生きる力」になっているすばらしい実践の数々が紹介されました。同市は,「鮭の町」でもあり「イクラを流すと鮭になって戻ってくる」と,4年たったら必ず帰ってくる鮭に思いを託して,鮭をモチーフにした作品が数多くみられました。
保育園に行って絵を描かせてくれる被災地でのアートボランティアの必要性についても触れられ,「誰か一人でもいいので今日の話を伝えてほしい」「できるところから始めてほしい」との吉田氏のお言葉に,寄り添って誠心誠意活動されている現場での経験を通した生の声に感動するとともに,造形活動に関わる我々にとっての活動の可能性や社会的必要性の大きさ,またその責任の重さを改めて感じさせられるお話でした。吉田氏の実践に関しては,次の瀬崎氏の発表の中においても紹介されます。

4月月研究写真 4月月研写真 4月月研写真

 

 2 実践発表 「地域における対人援助のための造形活動から学ぶこと」


    発表者:瀬崎真也氏:医療法人梨香会秋元病院アートセラピスト


造形教育センターの研究部役員の瀬崎氏より,アートセラピストとして日々の現場での実践を通し,またその実践のために必要な研究としてアートセラピーの可能性を真摯に探求する姿勢を感じさせる,貴重で中身の濃い実践発表でした。内容は,上記吉田氏の実践と絡めながら,以下の3本柱で構成されました。

  1. 第2回ユネスコ芸術教育世界大会報告

 2010.5.25-28にソウルで開催され95ヶ国以上から専門家や政府関係者などが集った世界大会において,美術,音楽,演劇,舞踏など幅広いジャンルについての発表や意見交換が行われた中でのワークショップ「芸術教育における癒しと苦痛の軽減」分科会の一つ「社会文化的な治療・リハビリテーション」で得られた知見の紹介。
分科会の4つの演題の中の一つ「アートは感動させる―アートで子供の心に明かりをつける」(Evelyna Kan Liang博士)では,2008年の四川大地震で被災した児童の心を和らげるために,
・グループで物語の共有をする
・新しい見通しを持ち,安全な距離での自らの過去を眺める
・お互いのサポートでもって,恐れや傷をオープンな中で対処する 等を目的とするアート活動の実践報告がみられた。
「芸術教育の創造的な過程は,それを利用する者が芸術の表現・実践を通じて自己を表し,気持ちを伝達する事をまぎれもなく可能にする。特に個人または集合体での社会的なトラウマを解決させようと取り組む必要のある者にとって,芸術教育の指示的,創造的なコンテクスト(状況)は,苦悩を緩和させるとともに個人や切望,必要性,および恐怖に応じることの有効性が立証されている。」(ユネスコ ウェブサイト)他
アートセラピストが主導する造形活動を通じてのソーシャルアクション(社会改革・貢献)等に関わる知見の紹介。

  1. 地域における対人援助活動のための造形活動(実践事例紹介)
  2. 当日講演者である吉田氏「サンガ岩手」による被災者自立支援としての手芸作活動についての紹介

避難所での傾聴ボランティア活動から,被災者の手芸活動支援へと発展し,現在岩手県大槌町と釜石市に10の手芸サークルを運営し,手芸工房カフェを開設。「手づくり→仕事づくり,生きがいづくり,仲間づくり→心の自立,生活の自立」へとつなげていく。

  1. 精神科病院における治療プログラムのなかの創作活動についての紹介

・「作業療法」 患者さんの主体的な活動の獲得を図るための機能回復・維持および開発を促す作業活動を用いて行う治療・指導・援助
・「デイケア」昼間の時間を集団で過ごすことを基本とした治療の一つ。生活障害を改善し,社会復帰を目指す場
・「アートセラピー」造形活動を通した心理療法
勤務先の秋元病院では、これら3部門が協力して「Made in Akimoto支援プロジェクト」を立ち上げ,患者さんの創作活動の支援と,院内ギャラリーを開設し作品展の開催や「被災地支援 チャリティー創作プロジェクト」を実施し,「サンガ岩手」からの協力も受けながら,収益を被災地に寄付。精神科家族会において,吉田氏の講演や家族会でのトークセッションのビデオ映像紹介等,現場の生の声も交えた貴重な報告。

(3) 佐賀県立病院好生館「緩和ケア病棟」と市民ボランティア活動の紹介
 市民ボランティアを加えた医療チーム、学校とのつながり、病院内に市民の集いの場(“病棟に街の風を送る”“ホスピスは町の人々が育てるもの”)、ホスピス・マインド(職業の異なる者が集い、互いに平等である“横のつながり”)、佐賀大学文化教育学部絵画・工芸専攻の学生による「造形活動支援ボランティア」の実践を通して,造形活動の意義に関する教員・学生の考察(被支援者のメリット:「没頭する」「形に残る」「考えを伝える」「作品から話が広がる」支援者のメリット:「自分ができることを問い直される」「他者の心境,他者と自己の関係に焦点をあてる活動」「家族の在り方を学ぶ」「技術だけでは決まらない作品の価値」等)

  1. 造形活動による『対人援助』についての私的考察

アート活動を用いた治療・援助の焦点について、①表現内容、②制作過程、③作品(運用)の三つに類型化した理論の観点から、地域における上記の実践事例とアートセラピーの臨床例との共通性を考察する
①表現内容  象徴への着眼と人物像の表情に込められる感情
②制作過程  共同制作が作り出す“非言語”の対人交流
③作品(運用) 販売・贈与による社会参加・交流の促進 作品が評価されることの喜びと自信回復
これらを通し「地域における対人援助・ソーシャルアクションのための造形活動を実践するにあたって


・地域を中心とする考え方
・個人と社会のつながり
・多元主義
・イメージの力
        に対する認識・理解が重要で,それぞれの詳細についての解説。
       「イメージとは,個人と社会が抱えている矛盾や葛藤を明らかにし,それは,個人の精神や治療するのと同様に,社会を治療するものとなり得る」ことに、地域での対人援助や社会改革における造形活動の意義があると考える

吉田氏,瀬崎氏ともに,社会で必要とされる場面において,造形活動を通した真摯な実践活動を通して得られた,現場の生の声が息づく知見を伝えていただき,参加者も深く考えさせられるセンターならではの中味の濃い研究会となりました。れを機に,被災地をはじめ,社会の必要な場面において,造形を通してさらに「つながり」「広がり」「実感」することで「生きる力」につなげるための実践活動が増えていくことが望まれます。

 

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